【高校男子】~六浦から世界へ「NZ留学」~

今回のニュージーランド留学にて

鈴木 太加良

今回のニュージーランド留学で僕は沢山の困難な状況に遭いましたが、それと同時にとても貴重な体験をすることができました。

 まず、今年も留学に行きたいと思った理由は、ラグビースキル、英語の上達と、去年St Thomas of Canterbury Collegeでの1ヵ月留学で築いた友達との友好関係を深めたかったからです。(去年は滞在中、学校近隣のモスクでテロがあり、貴重な経験をしました。)

3月7日に僕は日本からニュージーランドへ約2週間の留学に向けて飛行機に乗り込みました。しかし、チェックインの途中とても不安なことを耳にしました。それは予定していた帰りの便が新型コロナの影響で欠航になったと言うことです。しかし、僕の性格上とりあえず行ってみようと思い、ニュージーランドに向かいました。

(到着直後のクライストチャーチ国際空港にて)

ニュージーランドのクライストチャーチに着くと、去年も1か月間お世話になったエージェントの樫塚さんが空港で待っていてくれました。ホームステイ先へ車で向かっている途中、帰りの便の話について相談すると、2週間から1か月の留学にしないか?と言う提案がありました。着いてすぐなので多少戸惑いはありましたが、そこで1か月の留学への延長を決めました。

(最初のホームステイ先のHart校長先生ファミリー)

到着の次の日から学校があり、日本では部活すらできない中、授業の一環としてウェイトトレーニングや放課後にラグビーの練習に参加することができました。

そんな日々を過ごす中、家族と電話をしていると、母親から「新型コロナの影響で、夏まで直行便が欠航になるから、日本に帰ってこられないよ。」と告げられ、当初予定していた2週間の留学が4か月半のターム留学になりました。最初は笑うことしかできませんでしたが、徐々に不安が大きくなってきました。

その事を聞いた数日後、ホストファミリーから話があると言われました。「何か俺やらかしたかな?」と最初思っていました。

話の内容は、「おじいちゃんが危篤状態なので僕のホストファミリーをすることができない。」と言う事でした。急遽次の日、別のホストファミリーの家(Biggs教頭先生宅)へ移動しました。最初は不安が沢山ありましたが、とてもフレンドリーなホストファミリーで、ホストマザーが栄養士でご飯も美味しく、庭にはプール、家の中にはビリヤード台、自分の部屋にはテレビがあるような豪邸でとても気に入りました。今までは車で学校へ送迎してもらっていたのが、自力での自転車通学になりました。

(第二のホームステイ先のBiggs教頭先生宅にて)

ホームステイ先が変わって最初の登校日、いつも通り授業を受けていると、何人かの生徒が携帯を見て騒ぎはじめました。なんだろうと思い見せてもらうと、ロックダウンを発表している政府会見でした。

新しく場所を移ってすぐのロックダウンに戸惑いがとてもありましたが、自分ではどうすることもできないとわかっていたので「仕方ない、どうにかなる。」と思いました。

ロックダウン中は、倉庫にあったトレーニング器具を使い筋トレをしたり、ビリヤードをしたり、ギターを触ったり、Netflixで暇をつぶしていました。

こうして6週間のロックダウン期間が終わり、学校が始まって自転車登校をしていると、様々な偶然が重なりバランスを崩して転倒し、膝を深く切ってしまいました。学校まで血を流しながら着くと、すぐ病院に行ったほうがいいと言われ、近くの病院へ樫塚さんと一緒に行くことになりました。麻酔をし、中の方まで念入りに除菌してもらいました。幸い縫う必要はありませんでした。

また、驚くことに僕を担当してくれた医師は、今年トップリーグに所属していた選手の奥様でした。そこで普通では聞けないような深い話を聞くことができました。

怪我はラグビーに支障はなく、部活にはいつも通り参加することができました。毎週土曜日に他校との練習試合があり、強度の高いラグビーの試合を経験することができました。

これらの試合を通して、日本と世界の体格の差、また自分がどこまで通用するのかを確認することができました。日本に帰ったらこの選手たちに負けないくらいのフィジカルを身に着けたいと思いました。

   

 

(St Thomas of Canterbury College Rugby Teamでの試合風景)

休日は学校の友人とモールやシティーで買い物やプール、スーパーラグビー観戦などをして、楽しみました。クライストチャーチ内はバスを使えば一人でどこでも行けるようになりました。

 

(St Thomas of Canterbury Collegeの仲間たちと)

こうして、あっという間に、約4か月半のニュージーランド留学が終了しました。

僕は今回の留学を通して、「人生なにがあるかわからない。」と言う事を学びました。

(帰国・成田空港にて)